靭性×人生 滞仙日記 2025.03-2026.03
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始まりは、東北に引っ越した友達からの一通のメール。
「和紙」「材料工学」。倫理・哲学を研究する友達からはおおよそ似つかわしくないキーワードの結びは、「小説を書きませんか?」
そうして飛び込んだ世界では、山に登り、波に乗り、仙台を拠点に、東北地方を歩き回る旅が待っていた。
(本文より)
砂浜を歩いてはナミノコ貝を今年は食べたいなと思い、松林を振りかえれば松茸が食べたいなと思う。オオハクチョウが去年も、そして今年もいるのだから、きっと去年の五月にここで見たチュウシャクシギやキョウジョシギはこの春にも来るだろう。三度しか来たことのない場所なのに、季節の生き物の様子に思いをはせるなんて、なんだか地元みたいだ。
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鹿の頭骨を撮った写真があり、「イルカとかウミガメは海に落ちてるものだからなんとも思わないけど、森の中で鹿の骨を見たらぎょっとすると思う」と話すと、「えっ、イルカとかウミガメもじゅうぶんびっくりするよ!」と言われる。わたしは海が身近なので、海で大型の生き物が生き、死ぬその結果が浜に漂着するのは当たり前だと思っている。死骸が通着の命に食われ、分解されていくのも見慣れた現象だ。
だけど、森や山にはほとんど立ち入ることがない。その場所で見る生き物の姿はいつも生きている。その「生きている姿」しかしらない存在の骨や腐乱した姿はやはり衝撃を受ける。森や山は私には縁遠い場所。
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――いつかくるという災害の「その日」は必ず果たされる約束のようなもので、わたしたちはその約束のときのことを、考えようとしたり、考えないようにしたりしながら日々生きている。住めなくても住むひと、住めなくて去らなければならないひと、そんなことは想像できない。ただ、約束が果たされることだけを考えて、「その瞬間」にそなえて暮らしている。
174ページ(カラーページ20ページ程度)・B6判
